仕事を終えた金曜の夜。
明日は休み。
このまま真っ直ぐ帰宅するのは何だかもったいない。
左手にカフェ。
ガラス張りの店内を覗くと何か知らんが空いてる。
一等地といってよいロケーションなのだが。
これはよい、晩御飯と読書にうってつけである。
さっそく入ってみた。
Little Women「若草物語」、子供の頃に読み、「姉妹の物語」以上の記憶なし。
だが、今改めて読んでみると、これが期待以上に素晴らしく、終始感動の嵐であった。
四姉妹がそれぞれの欠点(物語の中ではbosom enemyと表現)を克服し、成長していく姿が描かれているのだが、それらは自分にも思い当たることばかりで、私も彼女たちと一緒に成長していくつもりで読んだ。
それぞれが自分のとった行動を悔い改め、相手を思いやる姿に何度となく心を打たれ、その度に目頭が熱くなった。
また、登場人物すべてのキャラクター設定が興味深く、先が気になり、なかなかページをめくる手を止められないのだ。
中でも際立って魅力的なのが次女のJo。
すぐにカッとなってしまう激しい性格ながら、人一倍高い自立心と優しい心を持っている。
母が戦地で危篤状態に陥った父のもとへむかうとなった時は、お金を工面するために自慢の美しい髪をバッサリ切り売ってしまう。
人にお金のことを乞うたりするのは苦手だと言って。
Jo、どこまでも真っ直ぐだ。
物語始まってすぐ、Joがポケットに手を突っ込み口笛を吹いてみせると、長女のMegがそんな男の子みたいなことやめなさいと注意する。
するとJoは、That’s why I do it だからやるのと言い返す。
私は15歳の少女がポケットに手を入れ口笛を吹いている姿を思い浮かべてみた。
ヒュー、なんてかっこいいんだ。
帰宅、まだ本が足りない。
数日前から読み返している「中原昌也作業日誌2004→2007」の続きを読む。
これは著者である中原昌也さんが来る日も来る日もひたすらレコードやCD、DVDなどを買いまくる3年半の日々の記録。
そうでもして好きな音楽や映画なんかを浴びてないとやってられないと。
奥付をみると2008年5月25日第2刷発行とあるので、もう15年も前に買った本なのか。
私なんぞの散財くらいでこんなこと言うのは非常に恐れ多いけど、何かでも共感を覚える一冊。
この中で、ミシェル・ウエルベックの「闘争領域の拡大」を読みたくて書店へ行くが売ってなかったことが書いてあり、そうか、そういえば私、ミシェル・ウエルベック1冊も読んだことないんだな。
大ベストセラー「服従」がどこの書店へ行っても平積みされていた時は、目にするたび興味をそそられていたが何故か手を出すことはなかった。
ミシェル・ウエルベック、何か読んでみようか。
こんなふうに本から本へ読書の世界が広がっていくのは好きだ。
とうに日付は変わったが、まだ眠りたくない。
2019年1月26日~4月7日まで東京都庭園美術館で開催された岡上淑子大回顧展の公式カタログ兼書籍。
私は岡上淑子さんのコラージュ作品がとにかく好きだ。
活動期間も短く、そうたくさんの作品が残っているわけではないが彼女の美の世界はいつみてもゾクゾクさせられる。
終戦後の何もなくなった東京で、進駐軍が持ち込んだ洋雑誌と鋏と糊と指先で、解き放たれた魂を、私たちは自由よと、製作されたコラージュ作品はどれもため息がでるほど美しく、解放的で、自由に満ち溢れている。
女性による、女性のための、女性の自由を、感じる。
ただ私はコラージュが其の冷静な解放の影に、
幾分の嘲笑をこめた歌としてではなく、
この偶然の拘束のうえに、
意志の象を拓くことを願うのです。
岡上淑子ワールドで特に好きなのが、この「幻想」という作品だ。
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