Jacqueline Harpmanの"I WHO HAVE NEVER KNOWN MEN"、直訳して『男を知らない私』。
約1年前、ここで読書感想を書き、いまだにたびたび思い出し考えさられる作品です。
一体あれは何だったのだろうかと。
はてなブログさんから届く、ふりかえりを提案するメールがあると思うのです。
1年前の何々などをふりかえってみませんか?みたいなの。
私はふりかえりもしない(恥ずかしいこと書いてたら嫌なので、過去記事を読みかえすことはまずない)くせにそのふりかえりメールを受け取る設定のままになっていて、よって普段はスルー(スミマセン!)なんですけど、今回は止まりました。
何故ならこの本の読書感想が含まれていたから。
読み返して思ったのは、恥ずかしいことは書いてなかったけど、自分が感じたこと、書きたかったことを書き足りていなかった、ということ。
なので本日は改めて、この本の読書感想を書いてみたいと思います。
そしてふりかえりを書くにあたり、よい機会なので、この本の読みかえしもしてみました。

まず繰り返しになりますが以下、簡単なあらすじ。
一体どれくらいの年月が流れたのか、奥深い地下室の檻の中に閉じ込められた女性たち(39人)と女の子(1人)は、男性ガード監視の下、照明でつくり出される人工的な昼と夜を、他者に触れることも許されず、ただただ静かに過ごす。
そこでの1日が何時間サイクルなのか(果たして24時間なのか)、今どこにいるのか、なぜ捕らわれたのか、何も明かされないまま、ぼんやりと残る過去の記憶を抱きながら無数の時間だけが過ぎていく。
ところがある日、運命としかいいようのない偶然が重なり、彼女たちは檻から脱出、地下から地上の世界へと逃げ出すことに成功する。
果たして彼女たちは救われるのか。。。
物語の語り手は40人目のプリズナーである女の子。
捕らわれたとき、他の39人の女性たちが皆すでに成人していたのに対し、何故か彼女だけとても幼い子供だったため、他の女性たちにある捕らわれる前の生活の記憶が、彼女にだけない。
自分の名前も両親のことも女性たちが口にする所謂普通もわからない。
これが狂気の沙汰であるということもわからない。
檻の中で育った彼女は、他の女性たちとは明らかに異なる存在だった。
人間の尊厳などというものはもちろんなく、どんなに泣いても叫んでも何かが変わるということはない。
あらゆる努力が報われず唯一の解放は死、という状況のなかで彼女たちは日々、、、いや日々ではないな。
うーん、なんだろう。。。
全然言葉に強さが足りないけど語録が貧しくてそれしか思いつかないので、ひとまず虚無とします。
彼女たちは虚無を過ごす。
男性ガードたちによる彼女たちへの監視に慈悲は皆無だが、食べ物や水、電気(常に空調設備が稼働して適温が保たれている)といった必要最低限のものは与えられ、体調を崩せば薬も処方される。
この状態を維持するためにはそれ相当のコストを要するはずである。
本当に、一体誰が何のためにこんなことをしているのか。
それを解明する手掛かりはどこにもない。
絶望的な状況がこれでもかと続き、読み進めるほどに不安感が募り、イヤーな気分になってくる。
なのに(というか、だからなのか)私が引きつけられてしまった大きな理由は2つ。
まず1つ目は言わずもがななことなんだけど、でもやっぱり、この常軌を逸した状況を単なる物語として片付けられない世の中に、私たちもいるということ。
だからこそ、このようにイヤーな気分になるのであり、実際、善良な国民が日常に忙殺されてる間に、いつの間にか誰かさんの都合のいいように物事が進んでいたり、あちこちで戦争が起きていたり、究極の不条理が公然とまかり通っている。
無関心ではいられない。
そして2つ目はとにかくですね、この物語の語り手の心の動き、これが興味深かった。
道理が通る世界を、所謂普通を知らない。
想像もできない。
捕らわれる前の記憶がないので、昔と今を比較して悲しむこともない。
檻の中がすべてである。
ただそんな、愛情も教育も文化も何もない環境で育った異なる存在でも、当たり前だけど洞察力もあるし好奇心もあるし意中の人に対して特別な感情を抱くということもある。
特に、知りたいという欲求にはかなり強いものがあり、それが満たされなかったときの怒り、逆に満たされた時の喜びは絶大。
そしてこれは持って生まれたものなのか環境がそうさせたのかよくわかりませんが、この女の子とにかく勇敢、というか強いのですよ、メンタルが。
この物語の中には「印象深い」という言葉では物足りなさを感じるほど、強烈な光景の描写や会話がたくさんあったのですが、その中のひとつがこの女の子の強さを表すような以下の会話の一部でした。
'It's true,' she agreed. 'You are the only one of us who belongs to this country.'
'No,this country belongs to me. I will be its sole owner and everything here will be mine.'
これは語り手とAnthea(39人の女性の中のひとりで元ナース、語り手が一番仲良くしていた女性)の間で交わされた会話の一部。
Antheaが、年齢順でいけば脱出したこの地上の世界に、最後のひとりとしてとり残されるのは歳の離れたこの語り手であり、そのことを心配してやっていけるかと気遣う。
しかし彼女は、ひとり残されることに対して心細さをまったく感じていないのだ。
そもそも皆といるときでさえいつもひとりぼっちのような気がしていたし、皆のことを本当に理解したこともない、だいたい皆が何を話しているのかもわからなかったと。
で、それを受けて上の会話があるんですけど、Antheaが確かにその通り、あなたは私たちの中で唯一の、この国に属する存在よ、と言うと、なんと彼女はこれを訂正する。
そうではない、この国が私に属するのだと。
自分は唯一の所有者となり、ここにあるすべてのものが自分のものになると。
いやー、強い。
このメンタル。
恥ずかしながら私は、まったく意識してませんでした。
自分が日本に属しているのか、それとも日本が自分に属しているのか。
39人の女性たちとはかなり対照的なこの性格が先天的なものなのか後天的なものなのかわかりませんが、個人的にはかなり衝撃でした。
著者のJacqueline Harpmanは作家であり医師(精神分析医)でもあったせいか、生死の描き方が巧みで、文学のなかに医学を効果的に取り入れていると思いました。
一切救いのない死を待つだけの残酷な状況下で浮き彫りになる生の存在は、さらに残酷さを増して私たち読者の前に突きつけられます。
ちなみにHarpman(1929‐2012)はユダヤ人であったため、第二次世界大戦中ナチス侵略により一家でカサブランカへ避難、終戦後にやっと帰国(ベルギー)しました。
最後に、本書の原書はフランス語で英訳はRos Schwartz。
とても読みやすい英語です。
きっと訳が良いのだと思います。
この本についてはたくさん書きたいことがあって(実はまだある)、普段の記事より少し長くなってしまいました。
本日も最後までお読みいただき、ありがとうございました。
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