お休み前夜の楽しみのひとつと言えば、本とコーヒー。
美味しいコーヒーをいただきながら心ゆくまでページを捲る一時は、日頃の読書不足を満たす貴重な時間です。
そしてこちらは、そんな貴重な深夜に読了した一冊。

a copy of "TOFFEE" and a mug of coffee
ちなみに傍らに半分だけ写ってるマグ、これは昨年訪れた宇野亞喜良展 AQUIRAX UNOにて購入し、思えば以来ほぼ毎日使用している
語り手は10代のAllison。
父親からの暴力に耐えかね家を飛び出し、頼りにしていた当てはあっけなく外れ、早々に行場を失う彼女。
そんな中、通りかかった空き家の敷地内に佇むボロボロの納屋へと潜り込み、一応雨風を凌ぐ場所を見つける。
しかし、空き家だと思っていたその家は空き家ではなく、人が住んでいて、家主は認知症を患うMarlaという年配女性。
MarlaはAllisonを昔の友人Toffeeと勘違いして家へと招き入れ、そこから何となく同居生活が始まるのだが、この、孤独を抱えたふたりのやり取り、とにかく心に響くものがあります。
私はこの歳になって改めて真の友達について、またアイデンティティについて、考えさせられました。
著者であるSarah Crossanは、人間の孤独とか嫌なところとか、ネガティブな部分を描くのが本当に上手いと同時に、人間の優しさとか暗闇にほのかに差し込む希望とか、僅かながらも存在するポジティブな部分を描くのも上手い。
なんというか、言葉に、状況を鮮明にイメージさせる説得力があるのですよ。
たとえば父親からの暴力で倒れ起き上がれなくなってしまったAllisonが、床にうずくまり目にしているもの、頭の中で考えていること、気が付くとそういう景色を自分も同じように見ていて、それによって動かされる自分の心をとても近くに感じるとともに深く考えさせられてもいる。
読者を引き込む力が半端ないのです。
そしてSarah Crossanはそれを、全編詩文で綴られるVerse novelというかたちで表現していくんだけど、大学で哲学と文学を専攻し、ケンブリッジ大学で英語講師を務めていたという経歴の持ち主ですので、まあ言葉の達人です。
綴られてる言葉の数々はリズミカルで美しく、その巧みさはまるでマジシャンのようです。
たとえばこれなんですけど。
Shuffling, scffling noise outside the shed
like boots on gravel.
I sit up, suprised I've slept.
The door creaks,
I squeak,
and slinking into the shed
like silk
comes a grey cat
with luminous mini-moon eyes.
もうこれ、どうやって翻訳すればいいのでしょうか。。。
意味を日本語にすることはできるけど、この原文の美しい響きを保ったままとなると、頭を抱えてしまいます。
学のない私に詳しいことはわかりませんが、韻を踏んでいたり、同じ音で始まる単語を連続させていたり、もうね、そういう技法の宝庫なんですよ、この本。
Shuffling, scfflingなんて、どういう日本語を当てればいいのかさえ思いつかないのですけど、それでも一応、以下私が思う訳。
納屋の外で音がする。
まるでブーツで砂利の上を歩くようにジャリジャリと。(←親父ギャグじゃないんだし、踏むのは「ジャリ」じゃないんですけどね、、、つい)
眠ってしまったことに驚いて、私は起き上がる。
ドアがキーッと開き、
私はキャッと声をあげる。
すると灰色の猫が
シルクのように滑らかに
納屋の中へと滑り込む。
超小型の月みたいな目を輝かせて。
いやー、こういう作品を読むと、つくづく思いますね。
日本語と英語は、ことごとく異なる言語なんだと。
だからこそ面白いと思ったりもするんですけどね。
今回も最後までお読みいただき、ありがとうございました。
今後ともどうぞご贔屓に。
スポンサーサイト

