こちら、先日紀伊國屋書店新宿本店内をウロウロしていたとき目についた本。

以下、まえがきより。
本書には、僕が小説を書くときに考えていることを可能な限り言葉にしてみよう、という試みの軌跡が記されている───そしてこの試みは、「創作術」について書かれた一般的な本と少し違っているような気もしている(「気もしている」と弱腰なのは、僕が「創作術」について書かれた本をほとんど読んだことがないからだ)。たとえば「三幕構成」とか、キャラクターの作り方がどうのこうのとか、一人称と三人称の違いとか、説明と描写のバランスとか、そういう技術的な話はしていない。なぜしていないのかというと、僕の試みはあくまでも、「言葉を生みだす過程で働いている思考の動きを言葉にする」というもので、僕が小説を書くときにそういった技術的な側面について一切考えないからだ。小説の技術的な側面とは、(誤解を恐れつつ小声で言うならば)「読者の動物的なバグを利用したハッキング技術」みたいなものだ。
ということでこの本、小説の書き方本かなと思って手に取るとそうではなく、小説が生まれるときの小説家の思考の動きを徹底的に解体するというもの。
頭の中で考えてることなんて、考えてるご本人にしか分からないわけで、それを小説家自らが言語化して私たち読者に届けてくれるというのだから、これはどう考えても面白いと購入したんですけど、この本、面白いだけじゃなく、人生を送るうえでメチャクチャ役立つ本だと思いました。
以下、やはりまえがきより。
(そしてこれは僕のたいしたことない人生経験に基づく意見なのだが)この世の多くの原理は抽象化していくと似た構造に突き当たる。その点で、抽象的な話に終始する本書は、きっとあなたの興味と重なるはずである。
ほんとに、その通りなのですよ。
この本は最初から最後まで小説について書かれてますけど、小説家が小説について考えるときの思考の動きは何も小説だけに有効なのではなく、私たち人間が生きてくうえでぶつかるアレコレにも、かなり有効だと思いました。
たとえばおとぎ話っていうのは、おとぎ話の中だけで成立するお話ではなく、それを私たちが置かれた状況に置き換えて捉えることができる。
この本の中に書かれていることっていうのは、そういう普遍的なことに通じるものがあるっていうんですかね、小説について考えたときに導き出される考えというのは「小説」を「自分の興味の対象」に置き換えても成立することばかりなので、面白いと思う本の多くがそうであるようにこの本もまた、「これ、私のために書かれた本だ」と読者に思わせる圧倒的説得力があります。
小説が他者に読まれることを前提として書かれているとすれば、ブログの文章もそのひとつにあたるかと思います。
小川さんは本書の中で幾度となく「読者のために書く」ということに考えを巡らせているのですけど、いやーほんとにこれ、難しい問題じゃないですか???
私の場合は読者のために書きたいという気持ちはあるけれど、考えれば考えるほどそれがどういうことなのか、よく分からなくなるのですよね。
私のような超弱小ブログを運営する人間が言っても説得力に欠けてしまうのが残念でなりませんが、、、でもこの本、ブログで文章を書く上で、非常に学ぶところが多かったです。

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