変幻自在ブックス

At Midnight, I Become a Monster

【ゴダール】映画はアイデアの死刑台

先日、東京日仏学院で週末2週にわたり開催されていた、フランス映画入門ゴダール編、というイベント。

ゴダール映画をスクリーンでみる絶好のチャンスということで、私も足を運んでみました。

 

 

以下、イベントフライヤーより。

 

ジャン=リュック・ゴダールの映画をスクリーンで見よう!誰よりも果敢に時代に寄り添い、映画を思考することで、世界を思考し続けた偉大なるアーティスト、ゴダールを今、発見してみよう。

 

センセーションを引き起こした長編デビュー作『勝手にしやがれ』に始まり、『中国女』、『軽蔑』、『彼女について私が知ってる二、三の事柄』など、作品ごとに映画的実験をし続けた豊潤なる60年代、アンヌ=マリー・ミエヴィルと設立した工房「ソマージュ」で制作され、ゴダールにとって過渡期となった作品『ヒア&ゼア・こことよそ』。そして21世紀のゴダールを理解するうえで欠かすことができない『映画史特別編 選ばれた瞬間』と『イメージの本』。あるいはゴダールがこよなく愛したジャン・ルノワールの傑作『恋多き女』。上映とともに映画研究者、評論家によるレクチャーで、ゴダールの映画的実践と世界へのまなざしを一緒にたどっていきましょう!

 

本当に。

学生時代初めて『勝手にしやがれ』をみたときは、あまりのかっこよさに言葉を失いました。

瞬く間に、映像も音楽も言葉もブチブチ切ってブチブチ繋げるゴダールワールドの虜になりました。

今回私はゴダール88歳のときの作品『イメージの本』をみたんですけど、なんでしょう、作品から受ける衝撃は失われるどころか、むしろより一層増していて(これが2度目のスクリーン鑑賞だった)、またしても完全に打ちのめされました。

 

イメージの本[スイス=フランス/2018年/84分/カラー]

監督:ジャン=リュック・ゴダール

ゴダールが暴力・戦争・不和に満ちた世界への怒りを、様々な絵画・映画・文章・音楽で表現した作品。5章で構成され、ゴダール自らがナレーションを担当した。

「映画は足場のようなものだ。形も定かならぬ積み重ねで、最終的には断片どうしが複雑に絡み合う。しかし、映画は死刑台でもある。アイデアの死刑台だ。私たちはいつもアイデアをカットし、編集段階で多くが捨てられる...」(JLG/2019年)

「88歳のゴダールが4年がかりで世に問う新たな傑作のこの異様な美しさはどうか」(蓮實重彦)

 

この作品でもゴダールは、映画を思考することで世界を思考している、と私は思います。

次々と叩きつけてくる断片の海は、言ってみれば誰かが作った作品をぶった切って繋げただけなんですけど、ゴダールのエネルギーが加わるとこうも力強く、また美しく(しかも蓮實重彦さんおっしゃるように異様な美しさ)なるのかと、慄くばかりです。

きっとこれ、悪魔の仕業なんじゃないでしょうか。

とにかく凄すぎて、もう誰も近づけない。

 

映画はアイデアの死刑台だというゴダール。

ならばゴダールは、死刑執行人ということでよいですか?

何だか、この世界そのものが死刑台だと言われているような気がしてなりません。

 

フランス映画入門ゴダール編のフライヤー

私、本はもちろんのこと紙もの全般にフェチってて、こういうフライヤーも捨てられずに取っておくタイプ。

これは今に始まったことでなく、ずっと昔からそう。

 

そして、飯田橋にある東京日仏学院。

緑豊かな敷地内には一般も利用できる施設(本屋とかレストランとか)があり、生徒以外でも楽しめます。

なので上映日前夜までは、きっと本屋さんでは今回の企画に合わせてゴダール特集なんてしてるかもしれないから早めに到着して、なんならレストランでまったりもしたい、などと目論んでいましたが、結局、ギリギリとまてはいかないまでもそんな余裕はなく、映画が終わって外に出てみれば本屋さんは既に閉店。

本屋さんもレストランもまた今度。

 

 

ついでにゴダール本といえば。

これを読んだの、もうだいぶ前のことですけど面白かったです。

 

『増補新版 ゴダール、わがアンナ・カリーナ時代』山田宏一

こちら、2010年刊行の名著『ゴダール、わがアンナ・カリーナ時代』を全面的に改稿、さらに新たな文章も加え、タイトルを『増補新版 ゴダール、わがアンナ・カリーナ時代』と改題したもの。

全724ページ、山田宏一さんのゴダール愛(なんてナマヤサシイものじゃない?執念?怨念?)をヒシヒシと感じる1冊です。

 

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